ニベケイスケ

バイオグラフィ

ニベケイスケ

ニベケイスケ
1975年 5月21日 出身佐賀県

21歳で上京 下北沢でインザスープに出会い音楽活動開始

一度 帰郷し佐賀で路上ライブをしながらバックパッカーとして各地をアジア諸国を放浪


26歳で再度上京し自主レーベルより三枚のアルバムを発表

下北沢を拠点に地道なライブ活動をしながら、ワンマンライブ、ラジオ出演、オムニバス映画の楽曲採用、舞台のゲスト出演、ゆるキャラの楽曲提供など幅広く活躍


2013年 インディーレーベルより自身の集大成三部作アルバム「ロック少年旅に出る」を発表

同時に活動拠点を佐賀に移し全国ツアーを開始


どこか懐かしさのあるメロディーと人の心に響く声が心地好いフォークシンガー

ライナーノーツ

ニベケイスケと初めて出会ったのは今から十五年以上前になる。


僕が住んでた下北沢の風呂無しのアパートの2階、僕のバンドのボーカルの隣の部屋にニベケイスケが引っ越してきた。

ボーカルに連れられニベの部屋に行くとそこにあるのはバッグ1つとひょうひょうと挨拶してくるニベケイスケ。

その度胸の良さと同じ九州人とゆうことで一気に親近感を感じたのを憶えている。そこからは部屋で飲んだり行きつけのバーで飲んだりとニベケイスケの好感度が上がっていくはずだったんだが・・・。


そういかないのがニベである。


なんせニベはだらしない。東京に出てきてこれをやろうという明確な目的もなかったせいか「自由」とか「気まま」とかじゃなくだらしなかった。


仕事を探してたニベに僕のやってたバイト先を紹介した。もちろん同じ仕事の日は待ち合わせて行く。仕事を始めてそう日もたってないある時、いつものように朝アパートの下で待ち合わせをしてたがニベは一向に降りてこない。


部屋まで行ってみると寝ぼけ眼が顔を出す。遅刻だまっとくから急いで後から来いというと「kさん、交通費がないから貸して」。とりあえず二千円貸して先に行く。


しかしいくら待ってもニベは来ない。

結局仕事が終わりアパートに戻りニベの部屋に直行し理由を聞けば二度寝しただの、あーだのこーだの中途半端な事ばかりおっしゃるからこっちも一通り説教して終わる頃、ニベの台詞は「kさん、千円貸して」。朝貸した金はすでに使ったと言うから呆れた。


もちろん貸すわけは無くもう一説教食らわせることになった。


そんなこんなでその仕事もすぐにやめ、グダグダしてるうちに家賃は払えなくなり隣へ居候することになる。

せっかく居候させても得意のだらしなさで追い出されまた違う居候先へと・・・。

このままいけばずっとニベへの愚痴を書き続けそうなのでこの辺でやめましょうか。

ただそのだらしなさと人様に世話になりまくる様から、僕らはニベを「ニベ菌」と呼ぶことになる。

なんだかんだ年に数度、ニベ菌とは出くわす。時々録音した音を聴かせてくれた。

そんな縁もあり、何年前だか今回の三部作の何曲かレコーディングに参加させてもらった。

ニベ菌はだらしないが歌はいい。言ってしまえばおそらくこれがニベ菌に対する僕の答えだと思う。

だから快く参加させてもらった。

昔のうらみつらみは抜きにして。

なんかわからんが歌が心地よい。


それは歌ってる歌詞の内容がとかメロディーがとかサウンドがとかでは無くなんとなくいい。

全体像としていいのかな。

これは今となってはニベ菌のだらしなさが「自由」だとか「気まま」に繋がってるのかとも思えてくる。菌はそれでも菌だろうけど。

九州の佐賀から夢見て東京にやってきた少年はいまだフラフラ旅を続けてるようで、ロック少年、旅の途中ってところなんですかね。いつ終わるかもわからない。

「LET IT BE」ニベ菌が自分で腕に刻んだという文字。

だらしなさも気ままさも、良くも悪くも全部ニベケイスケで生きてんだろうなって思う。

それでずっと生きていきなさい。


2014/2/25


草場 敬普(In the Soup)