ニベケイスケ

ディスコグラフィ

放浪アイデンティティ

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¥ 1,000(税込)

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放浪アイデンティティ

  • 1. 1975
  • 2. 時の流れ
  • 3. 電波にやられてる
  • 4. つぎはぎ心
  • 5. ボートスワン
  • 6. 人生の花
  • 7. 永遠の旅人
  • 8. ブーゲンビリア
  • 9. 拾った女
  • 10. デリーの安宿
  • 11. バカみたいなあんたと
  • 12. 酔いどれブルース
  • 13. おやすみ世界
  • Bonus Track・ブタオ

第二話

正解探しなんてつまらない。
けれども、もし間違えに気がついたその時が、もう手遅れだったとしたら……?


「おかわりください」
もうすぐ終電という時間に、もうかれこれ五杯目のカクテル。
全然酔えない。全然帰る気分になれない。
何度もケータイをチラ見して、閉じる度にため息が出る。
下北沢の小さなバー。
楽しみにしていたライブの後、帰る気分になれなくて、だらだらと一人で時間を潰している。
昔だったらこんなところで独り寂しく飲んでいたなら、随分声をかけてくる男もいたものだけれど、
こんな30ン歳、いやアラフォーの女を気にかけるモノズキはいないらしい。
左手薬指にこんな指輪しているなら、なおさらでしょうね。


「彼氏と喧嘩……かな?」
あれ? いた。声をかけてくるモノズキ。
カウンターの左側を見て妙に納得。60は越えていそうなおじいちゃん。
早く帰らないと孫娘に叱られますよー。

「ため息の数で悩みがわかる、って聞いたことがあるんじゃよ。儂にはわからなかったけど」
「でも、正解に近いですよ。彼氏じゃなくて婚約者で、喧嘩じゃなくって……」
喧嘩じゃなくって……。相手がいないんじゃ喧嘩にもなりません。
三ヶ月も前から約束していたライブだったのに。

「ゴメン、本当にゴメン! どうしても抜けられない。仕事が終わらなくて、トラブルで……」
あとはお決まりの仕事の話。
でもそれを責めることは私にはできない。
先月は逆だった。私の仕事が大炎上して、レストランをキャンセルした。
そうやって、もう何ヶ月も二人の約束は消えていってる。
同棲して三年。
一緒にいたくて一緒になったのに、いつ一緒にいるのかわからない。
私が帰っても彼は残業。彼がいても私は残業。
休日もずれてばかりのせいなのか、ここんところは一緒にいても喧嘩ばかり。

それでも、好きって言ってくれた。一緒になろうって言ってくれた。
薬指の指輪。彼からのプロポーズ。
久しぶりにトキメイた。
けれど……
両親への挨拶や入籍や、結婚式の準備だってあるのに、
忙しい、忙しいって言って、まるで何も進んでない。
指輪に乗っかったやたらと高い石がかえって虚しくキラキラしてる。

「忙しいのは私も一緒なんですけど……」
「すれ違いの婚約者に苛立ってやけ酒、ってわけですか」

いつの間にか、おじいちゃんを隣にして、だいぶ酔いが回ってきちゃったみたい。
終電はとっくにいっちゃって、お店ももうすぐ終わりそう。
タクシーで帰ればいいことだけれど……。

「今日は、二人の思い出のライブだったんです。だから私も仕事を無理して抜けてきたのに、
今日もこんなだったら、あの人、一体いつ私に会いに来てくれるのかな、って。
すれ違いばっかりなのに『一緒になろう』なんて言われたって、いったい何が一緒なのかな、って」

もうこんな歳なんだから、私だって、愛だの恋だの少女マンガみたいなことを言うつもりなんてないけれども、
家族になるって一体どういうことなんだろう。一緒になるってなんだろう。
結婚して、同じ家に住んで、苗字が変わって、
それからどうなるっていうんだろう。
この指輪だって、プロポーズだって、何となく喧嘩の仲直りのために出てきたみたいだったし、
彼は私と何がしたいんだろう。どうなりたいんだろう。

ほんとに、こんなので結婚なんかしていいのかしら。


「マリッジブルー、ってことですかな」
「そういうんじゃないと思うんだけど……そうなのかな」
おじいちゃんが話しやすくて、随分飲んじゃったみたい。眠くなってきた。

「今夜はどうも、こんな老人に付き合ってくれてありがとう」
おじいちゃんも私の愚痴に飽きちゃったみたい。
席を立つと、すっと私にチケットをくれた。
チケット? ライブの?

「茶沢通りまで出て、右に行った、最初のバス停。なんて名前でしたかな……。
最終バスは行ってしまったが、この時間だけ走っている、特別なバスがあるじゃよ」
「特別、な?」
「こう、年老いるとな、恋の話はとても気持ちがいいもんなんじゃ。若さをもらえる気がするよ。
だからこのチケットをプレゼントさせてもらうよ。その特別なバスに乗れるチケットなんじゃ」

おじいちゃんはバーテンダーにお会計すると、出掛けにそっと、小声で私に耳打ちした。
「そのバス、タイムマシンなんじゃ」


そうして私は、家に帰る替わりに不思議なバスに揺られていた。
明日の仕事が気になったけれど、ほんとうなら休日なんだから、休んで文句言われる筋合いじゃないし、
こんなに飲んじゃったからきっと二日酔いだろう。
それに、今夜はあまり帰りたくなかった。
彼と会ったらまた喧嘩をしてしまいそう。
どうして約束を守ってくれないの、どうして私より仕事を選ぶの、どうしていつもすまなそうにしてるの。
そんなこと言いたいわけじゃないのに……そこまでライブにこだわってるわけじゃないのに……。

それにしても変なバス。よく確認しなかったけれどどこへ向かうバスなのかしら。
乗客は私と、一番後ろに一人。眠っているみたい。
私もいつしか、夢の中……。


「お、俺が幸せにするから、もうあいつの事なんか忘れろよ!」
ん?
聞き覚えのある声が聞こえて目が覚めた。予想に反して健やかな目覚め。お酒は残ってないみたい。
……でも起きたところがひどすぎる。これは……ベンチ。駅だ。それもこの駅は……、
「あれ? この駅……」
随分前に住んでいた駅だ。同棲するより前。もうちょっと前かも。

朝日が眩しくて、空気がキリッと冷たく引き締まっている。朝だ。きっと、始発前の駅だ。
黄色くて眩しい日差しに、ホームに立つすべての影が長く伸びて、
人自体も影の中にいるみたいに黒く見える。
始発のホームは、意外に人が多い。それぞれに、他人にはわからない事情をもってホームに居る。
終電を逃した人、
仕事がとびっきり早い人、
朝帰りする男、女……

の一組が話してる。
大きな声ではないけれど、澄んだ空気の始発のホームでは、声は隅々までよく届く。
どうやら失恋した女の子を、男の子が口説いてるみたい。
いいねー、青春だねー、なんて寝起きのはっきりしない意識で目をやって、驚きのあまり全身が覚醒した。

私だ。

あれは……15年以上も前の、私、と、彼。
そうだ、付き合い始めの頃だ、付き合った時だ。
私は当時付き合っていた恋人の浮気に傷ついて、彼に朝まで恨み言をこぼしていたんだった。
そして彼と付き合うことになって……もう15年だ。そうだ、15年前の風景だ。

ほんとにタイムマシン?

彼を見送りに来た15年前の私は、彼の真剣な言葉にほだされて、そのまま彼と一緒に駅から出て行ったのだった。
今度は手をつないで。
私は……あの時私は、本当に彼を好きだったのかしら?
当時の恋人に裏切られ、傷ついて、一人でいられないくらい辛かったから、
それで言い寄ってくれた彼に寄りかかったんじゃなかったのかしら。

彼は……?
彼は本当に私を好きだったのかしら?
傷ついて涙を流している弱い女に同情して、それで支えてくれただけだったんじゃないのかしら。
そう、それはプロポーズもおんなじだったんじゃないのかしら。
もう三十路をとっくに越えてしまった女を、今更捨てるわけにもいかない同情から……。

「ほんとにそれでいいの?」
階段を降りていく二人に、私は思わずつぶやく。もちろん二人は気がつかない。
「ほんとにそれでいいの? ほんとに、それが正しいの? 
寂しいだけなんじゃないの? 一人が嫌なだけじゃないの? 
丁度いいところに都合よく居ただけで、それで決めちゃっただけじゃないの?
私も、あなたも、本当はこうじゃないかもって、この人じゃないかもって思いながら一緒に居たんじゃないの?
それで、それで、もしかしたらって思いながら、もしかしたら間違えていたのかもしれないって思いながら、
これから先も一緒に居るつもりなの!?」

ほんとにそれでいいの?
気持ちが昂ぶりすぎて私は、ホームに崩れるように屈んだ。
朝焼けのホームの中で、人の影柱が遠巻きに動いている。
それがすごく気になったけれども抑えきれなくて、ぎゅっと閉じた目から涙が溢れ出た。
ほんとにそれでいいの、ほんとにこれでいいの……。
左手薬指の指輪が、冷気を吸い込んでひどく冷たい。


「……きろって……」
何度も揺すられる気配を感じて、目を開けた。
薄暗いバーカウンター。香るアルコール。静かに流れるBGM。バーテンダーのグラスを拭くガラスの音まで響くくらい静か。
もう閉店してるのかも?
「ここだと思って迎えに来てみれば……」
呆れ顔で彼が私の隣に座る。
「酔っ払って寝ちゃうなんて、一人で危ないだろ」
終電のとっくに終わった時間。家にいない私を探しに来てくれたのかしら。
恋人に……婚約者にもしものことがあったら、って?
それとも、約束を破ったことで後々グチグチ言われるのが嫌なのかしら。

ほんとにそれでいいの?

あの朝焼けの駅で見たアナタの顔を思い出す。
プロポーズしてくれた時のアナタの顔を思い出す。
そういえばどちらの時も、すごく真剣で、鼻の穴なんか膨らまして、おんなじ顔だった気がするよ。

「ごめんなさい」
私は彼の手を取ってつぶやく。心底つぶやく。
私、アナタを信じられなくなっていた。アナタの気持ちを、私の気持ちを疑っていた。
そうやって、アナタに恋しなくなっていく、私自身が一番イヤだった。
あの日、朝焼けのホームで、私はアナタを好きになろうと決めたのに。
私を裏切っていた男を忘れて、アナタを好きになろうと決めたのに。
一目惚れでなくても、好き、という気持ちから始まったんじゃなくても、
私はアナタに惹かれ、アナタと過ごす日々に惹かれ、どんどんアナタを好きになっていったのに、
好きになっていく気持ちが、一番大切な私の気持ちだったのに。

アナタのせいだと思っていたけれど、私の気持ちだったのかも。
間違えているかもしれないって逃げそうになる私の気持ちだったのかも。
私はアナタを好き。
アナタとの結婚が正しいか間違っているか、じゃない。
アナタを好きだと思い続ける。私、アナタを好きだとはっきりわかるわ。

「アナタに恋した朝を思い出してきたの」
私がその話をすると、とても照れた顔をする。
「私、アナタと一緒に時間を過ごすわ」
また、あの日の朝焼けのような目覚めを迎えられるように。



「酔いどれブルース」
作詞・作曲:ニベケイスケ
小説:カトウリュウタ

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