ニベケイスケ

ディスコグラフィ

LONG HOPE DREAMS

2013.7.3 ON SALE!!
¥ 1,000(税込)

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LONG HOPE DREAMS

  • 1. 昼過ぎの朝食
  • 2. 海を越えて
  • 3. 昨日今日明日
  • 4. はぐれ雲
  • 5. パラダイス
  • 6. 私あなたとなら
  • 7. 星の夢
  • 8. 蜃気楼
  • 9. いつかの唄
  • 10. Mr.ドランキー
  • 11. ハンバーグ
  • 12. パラダイス(ライブ)

第三話

信じていれば夢が叶う、だなんて、なんて打算的な言葉だろう。
夢が叶わなくても、信じていたことにこそ価値があり希望があるのに。


九州の片田舎にある、バー「Long Hope」
もう営業三十年にもなる古い店だが、老舗、というほど風情豊かなもんじゃない。
おんぼろビルの一角で、椅子の革張りも割れたメニュースコアも直さないでいるような、
金回りの悪いしみったれた飲み屋だ。

それでもこの辺の若者にとっちゃ、他に行く場所もない数少ない憩いの場だから、
地元の暇な若いのが夜な夜な集まっては、強めの焼酎を空けて帰っていく。


酒を飲むことが最高の娯楽で、後はパチンコと釣りぐらいしかすることがない。
車やバイクに乗るのは仕事の時で、こんな田舎町をドライブだなんて走り回ったって
虚しくなるくらい何もない景色が広がってるだけだ。
一昔前であったらボーリング場やゲームセンターがあったもんだが、
子供が少なくなったせいなんだろう、町中のは全部閉鎖して、
市内に行かなけりゃ暇を潰す場所もない。

そんな片田舎のバーだから鬱憤のたまった連中、ふてくされた連中がよく来るが、
それでもここに来れば少なくとも、結婚しろと口うるさい母親や、
もっと稼げと金のことしか話さない女房や、
昔は羽振りがよかったと武勇伝をのたまう親戚がいないだけ、
この店に来る方が幾分マシってわけだ。

ここに何の希望もありゃしないが、ずっと先には何かがあるんじゃないかって思わせてくれる。
「Long Hope」って店名にどれだけの皮肉と詩的なセンスを込めたのかわからないが、
なるほど、確かに「Long Hope」だ。ここにゃぁ少なくとも、希望は無い。

「いつかこんなとこ出てよぉ、」
必ずそんな風に酔っ払った話になる。
希望は遠いが、けれども、どこかにはきっとある。
本当にそいつを探しに行った奴らはこの店には来なくなり、
本当にもう、諦めちまった奴らもこの店には来なくなる。
だからこの店には、「いつか」「今に」「今度こそ」
そんな熱気が渦巻いていて、胡散臭い飲み屋だけれども、俺はやっぱりここが好きみたいだ。

俺みたいにここで住み込みで働くようになっちまうと、それこそ「A Long Long Hope」、
もう先の希望なんてありゃしない状態になっちまうんだが……。


俺はこの店の20年前からの常連だった。
当時マスターはまだ毎晩この店のカウンターに立っていて、
集まってくる血気盛んな若者たちの愚痴と尽きること無い大風呂敷を聞きながら
一緒に焼酎を飲んで豪快に笑っていた。
ずっと入り浸っていた俺は、やがて酔っ払ったマスターの代わりにつまみやボトルを出してやるようになり、
タバコの買い置きが切れないように開店前に買い足しておいてやるようになり、
そんな感じでついにカウンターの中側に立つようになっちまった、って感じだった。
近頃じゃマスターはすっかり俺に任せるようになっちまって、たまに店に顔を出すとしても、
カウンターのあっち側で客と一緒に飲みまくってるだけって有り様だった。
もっとも、俺自身、こういういい加減でずぼらで酒飲みしかいないここが気に入って、
同じようにお湯割りを飲みながら毎晩酔っ払ってるわけなんだが。

(大体、お湯割りがメインって時点で、「バー」なんて呼ばれるような洒落た店じゃねぇよな)


そんな風に働き出してもう10年ってとこだろうか。
毎晩最後の客を送り出した後、グラスを洗いながら思い出すことが多くなった。
ここを出て行った同輩たちは今頃どうしているだろう。
夢を追いかけて出て行った奴。
夢に敗れて帰っちまった奴。
礼儀なんてからっきしな連中だったから、その後の近況を丁寧に報告してくれる殊勝な面子など一人もいない。
風の噂、人づての話がちらほら数年聞こえた後は、もう本当にナシノツブテ、音信不通だ。

毎日毎日若いのがなだれ込んでくるから、そんな昔の連中をいちいち思い出している時間もないんだが、
グラスを磨くこの時間だけ、やけに静かで酔いの覚めてくるこの時間だけ、
俺は寂しさに似た郷愁を感じてしまうのだ。


ガラン、とドアベルが鳴って顔をあげると、あまり見かけないジイさんが入ってきた。
「どうしたジイさん、こんな時間に。今日はもう閉店なんだけどな」
もう二時だぜ。近所に住む徘徊ジイさんが介護を抜けだして来たんだろうか。
意識のしっかりしてないモウロクジジイでも客は客だ。俺の主義として、注文する以上、酒は出してやることにしている。

「いやあんまりに懐かしくてね。まさかまだこの店だあるとは思わなかったんだよ。一杯だけ、いただけないかね」
「あ、マスターの知り合いですか?」
この辺のジイさんにはあり得ない紳士的な口調に思わず恐縮してしまう。
うちを巣立っていった成功者ってことだろうか。
少なくとも俺の記憶には見当たらないジイさんをカウンターに座らせ、洗ったばかりのグラスに注文のシングル・モルトを注いでやった。

「変わらない、変わらないですなぁ、この店。この時間」
老人は大事そうにシングル・モルトを手に包みながら店内を見回す。

「何年ぐらい前にいらしてたんですか?」
「何年になりますかなぁ……。本当に、本当に随分になりますからなぁ」
「ようこそ、ようこそ。そうやって戻ってきてくれる人って、あんまりいないんですよ。
みんな、この店を旅立って、それでそのまんまって人ばかりでですね。
今夜はマスター留守なんですが、明日また来て頂ければ待たせておきますよ」
「いや、もう明日にはこっちを発つので」
「そうですか、残念ですね」
「でもこの店にこれましたからなぁ」


「戻ってきてほしいですか? また会いたいですか?」
しばらくの沈黙の後に、ジイさんが急に声をかけてきた。
「え? ええ?」
何のことかわからず目を瞬いていると、
「さっき言われてた人たちですよ。旅立って行ったっきりって」
あぁ、あいつらのことか。あいつら、と言って、俺はどいつの事を言ってるんだろう。どいつに会いたいんだろう。

「うぅん……どうすかねぇ。会えば懐かしいですがね。まぁでもみんな、ここの事を、この町のことを忘れずに頑張っててくれれば、
それが一番うれしいですわね」
誰、とも思わず、みんな、みんなそうだったらいいと思う。素直に。
別に同窓会なんか開かなくていい。みんながそれぞれやっていれば。ここに来てる今の連中も、これからを頑張ってくれれば。

「そうですね。それがいいですね。では、忘れてるようでしたらタイムマシンで戻してあげましょうね」
ジイさんがゆっくりとした調子でそんなことを言う。
「はは、タイムマシン。そりゃいいですね。そんなのがあったら、俺ももっと成功するように、運命変えられるかもしれないなぁ」
「過去は変わらなくても、思い出すだけで、変わるものもあるんですよ」
「そうですねぇ。そういうもんですかねぇ」
「試しに乗ってみますか? タイムマシン」
「え? ええ? ……いやぁ、あはは、今日はもう遅いですし、いいですわ」
「あぁ、確かに。こんな時間にすいませんでした。もうお暇しますよ」

すっと立ち上がったこの風変わりな客は、出掛けにもう一言、思わせぶりなことを言いおいていった」
「会ったら案内しておきますよ。昔を忘れて力を無くしているような人がいたら。タイムマシンに」


……ま、こういう話だよ。
つまり久しぶりにお前に電話したのも、そのジイさんがお前んところに現れたら、よろしく頼むってことなんだよ。
そして、その戯言な。タイムマシンだかなんだか知らねぇが、付き合ってやってくれよ。

旧友からの長電話は、地元の方言が懐かしく、いつまでも聞いていられる心地よさだった。
電話向こうに聞こえるグラスに氷の当たる音。
何飲んでるんだ? シングル・モルト? そうか。俺は焼酎だ。こっちの芋は高くてよ……。

二、三、近況を報告しあって電話を切った。うっすら夜が白み始めている。
こんな時間に電話を出来るのはお前くらいだからよ。旧い友人はそういってこっちの都合も聞かずに話しだした。
この時間の空は、初めて東京に来た夜を思い出させる。
夜行バスがガクンと揺れて起きた時、締めたカーテンの隙間から見えた空の色だ。
東京来てから、何度も何度もこの空を見た。その度に地元から出てきたあの日のことと、
「Long Hope」の薄暗い店内を思い出した。
タバコの煙と濃いアルコール臭。そして酔っ払った仲間たち。

タイムマシンがあったとしたら、あの頃に戻ってこう言ってやろう。
お前、くじけるなよ。ずっと、くじけるなよ。
ツキに見放されて、誰もいなくても、出会った人たちには、どこかでもう一度会えるから。
お前、諦めるなよ。どこでも諦めるなよ。まだまだまだ、早過ぎるぞ。
「Long Hope」で見た夢、ずっと追いかけて行こうぜ、と。

あぁ、そりゃタイムマシンじゃないな。今、だな。


「Mr.ドランキー」
作詞・作曲:ニベケイスケ
小説:カトウリュウタ

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