ニベケイスケ

ディスコグラフィ

ロック少年旅に出る

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¥ 1,000(税込)

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ロック少年旅に出る

  • 1. 大地の唄
  • 2. 箱の中
  • 3. ロック少年旅に出る
  • 4. ビューティフルワールド
  • 5. 赤い林檎の涙
  • 6. いい日旅立ち
  • 7. 水色
  • 8. ハンバーグ
  • 9. さなぎ
  • 10. 三分GO!!!

第一話

完璧な人間がいないように、完璧な恋は無い。
それは人間が完璧ではないから。
けれどもあの日、あの夏、俺の心臓を、息ができないほど締め付けていたのは、確かに完璧な恋だった。

三十年も前のことを思い出す羽目になるとは思っていなかった。
全部あの妙なジイさんのせいだ。
俺は不安定に揺れる深夜のバスの中で、酒臭い自分の吐く息に辟易しながら毒づいた。
乗客二人。長距離バスのはずだが、やけにボロい。座席のスプリングが軋む。
車内灯も古びて、蛍光灯が黄みがかっている。
リクライニングを思い切り倒すと多少は楽になったが、気分的に縮こまっていたかったので
あえて座席を倒さず、膝を抱えながら茫漠と外を眺めていた。
夜闇の中に遠くのネオンが浮かぶ。どこらへんを走っているんだろう。東京を出るのだろうか。
それより隙間風が酔った顔面に心地よい。


これがタイムマシンだっていうなら、随分安っぽい作りだ。
どうせ嘘でも、もう少し夢を見れるような立派な路線に乗せて欲しかったもんだ。


「タイムマシンのチケットぉー?」
「そう、タイムマシン。アンタの一番戻りたい時間、場所に連れてってくれるよ」


新宿、ションベン横丁。
今でこそ思い出横丁、なんて大層ロマンチックな名前が付いているが、俺が上京した頃は当たり前にションベン横丁だった。
ここでアルコール臭ばかりがキツい安酒を煽りながら、いつか一旗揚げてやる、と俺は誰かれ構わず絡んでいたものだった。
その当時、俺が目指していた一旗って奴が何だったのかはもう思い出せない。ただ金を稼ぐ、くらいのもんだったはずだ。
実際そこそこ稼いで夢を叶えた俺は、お決まりに調子に乗って、慣れないことに手を出して、よく知りもしない奴の口車に乗せられて、
こうしてまた安い焼酎に戻ってきたってわけだ。
もうため息しか出やしねぇ。


「ほほぅ、地方出身ですか。どちらからいらしたんですか?」
シワの深さから、六十は越えてるだろうジイさんと隣り合わせて、呑んだくれているうちにいつの間にか身の上話みたいなことになっていた。
ジイさんは何がそんなに楽しいのか、ニコニコしながら俺のことを聞いてくる。
そう言う俺も毎日毎晩、安居酒屋でお湯割りを呑みながら、隣り合わせた誰かしらとどうでもいい会話をする。
俺も、何が楽しいんだか。
「九州ですわ。……もう三十年も前のこと、もうとっくに忘れちまってますよ」
「実家とか、ご友人は?」
「あるんだか、いるんだか。音信不通なのは俺の方ですがね」

年末の冷気が建て付けの悪い戸口から入り込んでくる。背中が冷えるが、カウンター越しのもつ煮の湯気で気にならない。
日中は仕事を探して、日が暮れたらここに来るのがココンとこの日課になっていた。
ボロアパートで一人で飲んでたら寒すぎて気が滅入りすぎて風邪を引いちまう。
安酒とモツの蒸気で十分に酔っ払って倒れるように眠る。そうでなけりゃ眠れやしない。

「これでも昔は結構羽振り良かったんですぜ? それが今じゃ、まぁ、こんなですわ……。
それでもあん時はねぇ……。バブルに乗った、って程じゃないが、小さな事務所も持って、仕事は右から左で随分稼いで、
経費もガンガン落ちたから、日が暮れたら毎晩銀座ですよ。アホみたいに金を使ってたもんで……」
それが今じゃションベン横丁。そりゃ愚痴りたくもなるだろう?

酔うと同じ話しかしなくなる俺と飲んでくれる酔狂な奴などいない。
自分でも昔話なぞ情けないことは百も承知。
それでも、濃い目のお湯割りが喉を焼くと、どうしてもあの頃を思い出してしまう。
ボディコンの女達に囲まれて、取引先の連中とどうでもいい話をしながら飲んだ芳醇なウィスキー、シャンパン、
ワインブームの時は空輸させて、いっぱしのワイン通を気取ってみたりしたっけ。
こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった。
そう思うと思い出が止まらなくなっちまう。
その頃の付き合いの連中から、恵まれるようにカスのような仕事をもらって日々の糧にしている今の境遇。
それを思うとさらに思い出が加速する。
今に見てろ、今に見てろ。
そう言い続けてもう五十も越えちまった。

どこで間違えちまったんだろう?
技研との取引を持ちかけられた時か。米国のベンチャーへの投資か。それとも……。

「ずいぶん苦労なさったんみたいですなぁ」
こんな店で呑んでるわりには、妙に口調の丁寧なジイさんが、財布からピラリと出したのは札ではなく、チケットだった。
「よろしければこれ、差し上げますよ。タイムマシンのチケットです」


タイムマシンなんかを信じたわけじゃない。話に付き合ってくれたジイさんへの礼ぐらいのつもりだった。
遠慮するジイさんの飲み代を払ってやって、代わりにチケットを受け取った。
ペラペラの安っぽい紙、だが印刷はしっかりしている。それを持って西口のターミナルへ出向いた。
西新宿発、25時30分発、タイムマシン。

「行き先は、あなたが一番戻りたい時間、場所ですよ」
「どこだ? それ」
「さぁ……それはあなたのことだから、私にゃわかりませんな……」
「ジイさんは戻らないんか?」
「何度もね。何度も戻ってますよ。そりゃ。タイムマシンですからね。でも不思議ですな。昔に戻って、昔を変えようと思っても、
帰ってきたらおんなじなんですな。結局何も変わらない。どこかで道を変えてみると、今度は別のところで軌道修正がかかる。
そうして戻ってくると、そこはほら、元通りって塩梅でしてな。運命や人生って言うのは決まりきった同じものなのかもしれませんな」
「そんなんじゃ、昔に戻って、それでどうなるってんだぃ」
「何もどうにも、なりませんですがね。昔懐かしい人たちに会うことができますよ。それだけでもね。いいもんじゃないですか」
「今更会ってどうなるってんでさ……。俺も若返ってやり直せるんですかね?」
「いや。残念ながら。年寄りは年寄りのまま。そういうものらしいんです」
「こっちの……今には戻ってこれるのか?」
「えぇもちろん。短い旅行みたいなものですよ」
「どんくらい?」
「一日ぐらいですかねぇ」
「たった一日、昔の思い出を見て戻ってきてって、そんなもん何の意味もないじゃねぇかよ」
「そげんことないよ、それはあなた次第でしょ」
「あれ? ジイさん九州?」
「えぇ、実は」


明日の予定が無いわけじゃぁ無い。また昔のツテを回って、金をせがんで、安焼酎を引っ掛けなきゃならない。
けれども一日くらい、ジイさんの与太話に付き合うのも構いやしない。どうせ終わってる俺の人生だ。ドコへ行こうと変わるわけがない。
それでももしも、本当にタイムマシンに乗れるなら、俺はドコへ戻ろうか。
事務所の金を持ち逃げした、アイツを雇うところまで戻って見るか。それとも逃げる現場でとっ捕まえるか?
ベンチャー株もだいぶやっちまったなぁ。悔やんでも悔やみきれない過去だ。あの元手だけでも残っていたら、あるいは再建出来たかもしれない。
それとも豪遊している昔の俺に喝を入れてやろうか。ちょっとは貯金しときやがれ! 後々俺がどんだけ苦労すると思ってやがるんだ!
それとも……。


ジイさんに聞いた通りのバスに揺られているうちに眠ってしまった。
心地よい眠りだった。もう何年ぶりかの。
普段の、アルコールの力で落ちるように寝こむのとは違う、包まれているような、守られているような、優しく、無防備な眠り。
そんな睡眠が布団の上じゃなく長距離バスの座席の上で訪れるなんてのは随分皮肉なもんだ。うちのボロアパートのせんべい布団は
長距離バスの軋むスプリングよりも劣悪ってことなのか。

そして、目が覚めた時、息が止まるほど驚いた。
そこは夏で、空は晴れ渡っていて、俺は長距離バスの座席ではなく、草っぱらで目を覚ました。立っていて。
立ったまま眠っていたのも驚きだが、そんなことはどうでもいい。風が吹いて土手の草花をゆらす。その濃い香りは間違いようもない。
はっきりわかった。
そこは、俺の生まれた町、俺の故郷だった。

30年間、一度も帰らなかった故郷、実家。
空気の匂いだけでわかる。ここは実家の裏の土手だ。港から登った高台、高校時代、自転車でこの坂を登って毎日通った。
土手の上に待ってる、美智代と一緒に毎日通った。
そうだ、ここは30年前の故郷、俺が上京する年の夏だ。
……そんなことまで空気でわかることに、これは正直驚きすぎて目眩がした。ジイさん、これ、本当にタイムマシンじゃねぇか……。


1972年、高度成長期なんて言われる時代だ。
世間は上野動物園や浅間山荘事件で賑わっていた。
東京から遠く離れた九州・佐賀でも、遅れてきた好景気に浮かれていて、当時18歳の俺だけじゃなくとも、
みんな東京で金持ちになることに強いあこがれと確信があった。
東京に行けば一旗揚げられる。
先輩らが続々と上京していくのを見ながら俺も、高校を卒業してそのまま東京に行くことをもう決めていた。
こんな片田舎の町、炭鉱とのんびりした漁港しか無いような町なんか退屈すぎて死んでしまいそうだった。
毎日友達と東京の話をし、雑誌に写った町並みを眺め、上京仲間と原宿だ、新宿だと出歩くことを計画しまくっていた。

「もちろんパンダも観に行くけぇ、けど、それよりは服だよ、服! 洒落た町で服を買ってよ、車に乗って、お前を案内してやるけん!」
「けどアンタ、東京行ったら綺麗な人が多いけん、どうせアタシのことなんか忘れてしまっしょ」
「そげんことなか! 俺は……」

俺は、東京で成功して、そしたらお前を迎えにくるつもりだったんだ。
本当は、もっと本当は、一緒に連れて行きたかった。
けれども18のガキに何が言えよう? 自分が何者かもわからない、何が出来るかもわからない、大人ですら無い高校生の俺には、
愛しているっていうことの本当の意味さえわからなかったんだ。
愛しているっていう、自分の気持ちが本当かどうかさえ、わからなかったんだ。

東京で何人もの女と付き合った。全部、金に寄ってきた女だった。
俺は美智代のことを思い出しながら女達を抱いた。美智代とは、柄にもなく清い交際だった。俺は美智代の身体を知らない。
いつも、これじゃない、これじゃ違うと思いながら女を取り替えた。
それがステータスだと思っていた。いつも違う女といることが成功した大人だと思っていた。
いつの間にか美智代のことは忘れた。どこかにぽっかり穴の空いたように過ごした東京の日々。どこか空っぽみたいな毎日だったように思う。

本当は、知っていたんじゃないのか? 気づいていたんじゃないのか?
それなのに俺はついに帰ることができなかった。東京で成功した俺を、いっぱしの人間になった自分を見せる確信が持てないまま、
美智代を迎える自信を持てないまま、取り返しのつかない年になってしまっていた。


実家から若者が出てきた。土手の上を見ると、女子高生が自転車を止めて待っている。
九州のでたらめに暑い太陽がまぶしすぎて、二人の顔はよく見えない。
俺はたまらなくなって、叫んでいた。

「迎えに来るんだぞ! 帰って来るんだぞ! 
旅は、旅は捨てるためのもんじゃない、忘れるためのもんじゃない、旅は、お前のことを確認するために出かけるもんなんだ! 
大切なモノを大切だって思うために出かけるもんなんだ! お前は旅に出るんだ! でも帰って来い! 
捨てていくんじゃない、捨てる必要なんてない! 全部出来なくっていい、かっこ良くなれなくたっていい、
俺は、完璧になる必要なんてない、完璧になる必要なんて、なかったんだ……」

二人に聞こえたのかわからなかった。遠ざかっていく二人を追いかけて走った。自転車に追いつけるわけもなく、
酒と不摂生でボロボロの体では百メートルも走れなかった。土手に転がって、荒く息をついて、心臓の鼓動が激しくて動けなかった。
土手の草いきれ、東京では見れない白くて分厚い雲。故郷の空、故郷の土。
そうだ、俺は完璧になる必要なんてなかったんだ。どうして意地になってしまったんだろう。何に意地になっていたんだろう。
美智代に何を見せたかったんだろう。

もうやり直すには遅すぎる、何もかも遅すぎる。けれども、この故郷の風はどうだろう、故郷の空はどうだろう。
不思議だ。またあの頃に、18歳の頃に戻ったみたいじゃないか。
そうだ、今自分で言ったばかりだった。
俺は目を閉じた。
完璧になる必要なんてない。カッコつける必要なんて無い。
自分の全部、切なさと汗臭さも抱きしめて、やればいいじゃねぇか。
50代には50代の旅の仕方があるんじゃないか。


気がついたら、目が覚めたら、カウンターで突っ伏して寝ていた。冬の新宿。どうやら戻ってきたみたいだった。
ぐるっと見回しても、チケットをくれたジイさんの顔はなかった。
しばらく呆けてから、席を立った。
ジイさん、タイムマシン、すげぇじゃねぇか。
何も変わらない、ってアンタ、言ってたけど、確かにこの通り、俺は新宿の酔いどれジジイだけれど、随分いい夢を見せてもらえたよ。
なんでずっと忘れてたんだろうな。でもようやく思い出せたから、まぁ少し気張ってみるよ。
俺はまだ、旅の途中だったんだわ。

ションベン横丁に吹く冬の風は頬に冷たくて、けれども火照った体には心地よい。汗をかいてる。九州の夏にこの厚着じゃ、当然だ。
もっと汗をかきそうだ。俺は興奮している。
この火照りは、焼酎ではない、故郷の太陽の熱が残っているのだった。
ギラギラと刺さるように熱い太陽の、今思うと、切なくて優しい夏だった。


「ロック少年旅に出る」
作詞・作曲:ニベケイスケ
小説:カトウリュウタ

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